非常識スピリチュアル

愛と光だけじゃ癒されない

投稿日:2017年1月6日 更新日:

johnhain / Pixabay


高見です。
今日、いろいろまとめていて「ゆるスピ」って名乗るのもどうなのかな?と思い始めました。「ゆるスピ」は、かれこれ7年前に「スピやってて楽しい!って思えるぐらいがちょうどいいんじゃない?」っていう意味でつけました。

ガチで色々やっていると「スピって幸せになるためにやり始めたのに、何でこうなっちゃったの?」ってことになってしまうことってないですか?

ミイラ取りがミイラに……って感じが否めませんが、それはもう仕方がないなと思っています(苦笑)。

この話、時効だと思うので、書いてみていいでしょうか。
超ササクレていた頃、スピリチュアルな先生に拾われて、サロンでセッションを受けていた時の話です。

(あまりにもヨレヨレの負け犬のようだったので、うちにおいでと拾われたのです)

キラキラしたオーラソーマのボトルたちを指差して、イラッとした私は、思わず暴言を吐きました。

「こんなボトルなんかで、癒されるわけないじゃん!」

当時、先生は東京で指折りのオーラソーマ・ティーチャーでした。
その先生に向かって暴言を吐いた後に「あー、やっちゃったな。出禁かな?」と思ったのですが、先生の回答が凄かったのです。

「そりゃそうよ! これは気付きのツールなの!」

(え? え? 今、先生なんつーた?)

「先生! そんなこと言ってもいいんですか?」と逆に心配になってしまう私。
今ならセラピストとして「ナイス返し!」って、本当に思います。本当に「ヤマダ君、さぶとん三枚もってきてー」って感じです。

結局、傷付いて、ササクレているときに、やれ「愛」だの「光」だの言われても、闇にいる時はムカつくだけなのです。

「んなこと言って、こっちに降りてこないじゃないか!」

そんなふうに思って、余計泣きたい気分になります。

ドラマから抜けられなくなっているのは、十分承知なのです。闇の中でグチャグチャしたいのです。
被害者を演じているのも分かっています。でも、感情が痛くて痛くてしょうがないのです。
感情が振り切れば、闇から抜けられることは分かっているのだから、振り切った時点で尻を引っぱたいて欲しいのです(よかったら……)。

そんな状態の私を、やれ「怖れを手放せ」だの「マインドに囚われてる」だの、片方しか見る気がないのであれば「目の前から消えてもらえませんか?」と本気で思います。

こんなめんどくさい私を赦して欲しいのですが、愛と光が好きな人たちは、それさえも赦してくれないのです。

なぜなら愛と光が好きな人たちの足元には、光を求めるがゆえに、色濃い闇があるのに、それを認めようとしないから。

だから、目の前で闇の中でズブズブになっている私を赦せないのです。

こういうことがあって、私は光も闇も大切にするようになりました。闇から光が生まれ、光が闇を作ることを知っているから、どちらかを切り捨てることは、私にはできないのです。

あなたは、光と闇の、どちらも愛せますか?

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